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まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO的 もう少し様子を見ることにしました

「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」

ライフオーガナイザー Kuraです。

GWはバタバタと終わってしまい、衣替えはGW終了後となりました。

といっても、Tシャツを出して、セーターをしまうだけ。

ジーンズは通年だし、オフィスカジュアルもほとんど通年バージョン。

特にオフィスカジュアルは、冷房との兼ね合いもあり、カーディガンなどが必需品のため、よほどのことがない限り、半そでで会社に行くことはありません。

夫はスーツがクールビズになる程度で、まだまだネクタイを外しただけ。

本格的な衣替えは梅雨明け後になりそうです。

 

さて、タイトルにある「様子を見る」。

これは義理ママについてです。

少しずつですが、夫にもわかるような行動が見られるようになりました。

ちょっとずつ文字を書いたりするのを嫌がるようになりました。

住所は何かを見ないと書けないようです。

電話番号も言えない感じです。

誕生日は言えたんですけどね・・・

徘徊はないので、誕生日と名前が言えればいいか・・・と思っています。

ただ、夫と三人で役場に行ったときに、夫に書類を書いてほしいと頼んでいました。

夫が書くと、夫の身分証明まで必要になります。

義理ママはその辺が分かっていないので、つい頼るのでしょう。

私は義理ママの書類は義理ママに記載してもらいます。

でないと、必要以上に私たちの身分証明までしなくてはいけないからです。

印鑑や運転免許証などの身分証明書が必要になる場合もあります。

義理ママの書類、義理ママ本人が役場で手続きすることで、そういう負担を避けているのに義理ママにはそれが分からないようで・・・

これは、もともとのことで、認知症とは違うものだと思っています。

いままでしっかりしていた人が何もやりたがらなくなった・・・認知症のサインです・・なんて記載もあります。

それは、年齢とともに億劫になってくることはあっても、自分のことを自分でしようと思うことが元気でいる秘訣だからだと思うのです。

義理ママにはそれが根本的に欠けているのです。

夫は息子であるためか、必要以上に義理ママを心配して、先回りしてしまうからかもしれませんが、義理ママは本当に何も知らないのです。

箱入りとか世間知らずとかそういうのとは違って、義理ママの世界にはなかった・・・それだけだと思います。

仕事はしていたし、パートや内職もしていたので、知らないわけがないと思っていましたが、基本的に知らない範囲のことを知ろうとする感覚がないのかもしれません。

知らなくても生きてこれた・・・こんな幸せなことはないと思いますが、私には考えられないことでもあります。

そんな風に思うと、自分ではない人なわけですから、何かにつけイライラしてしまうのは損だなぁと思うようにもなりました。

自分だったらこうするのに・・・と思えばイライラしますが、自分ではないのだから仕方がない。

自分だって周りでイライラされたら、嫌だなぁとか。

そう思うと、義理ママのペースを崩させたくはないなぁと思います。

ただ、義理ママに合わせるだけではこちらも大変なので、自分が寄り添えるラインまでは寄り添う。

それ以上になる場合は、夫に頼る。

私の中で同居を始めてから少しずつ変えていったことです。

いきなり相手に不満をぶつけても、相手にだって不満はあるはずです。

それがお互いに折り合える関係だったり、余裕があればいいのですが、全く世界観の違う相手と急にそんなことが出来るわけがありません。

夫とでも世界観が異なることはよくあるのに、そうではない人であればなおさらです。

同居して、老いていく姿を見続けるということは、とても大変なことなんだなぁと思います。

老いていく・・・自分ではわからないくらい、少しずつ老いていく。

その変化に気づければいいのですが、毎日のことでついつい見逃してしまいます。

アハ体験ではありませんが、知らない間に変化してしまっていくものなのかもしれません。

だからこそ、気づいたことをあったら、それを経過観察することにします。

早いと2週間後には違ってくるものです。

1ヵ月、もしくは季節の変わり目など、気にかける部分を決めておくだけで、変化が分かるようになります。

熱くなったのに、半そでを着ない・・・これは体温調節がうまくできなくなっているのかもしれません。

熱中症にも気を付けないと、長袖でいる分水分が出てしまっているかもしれません。

冬は欠陥の病気を心配しますが、夏は熱中症低血糖に気をつける必要があります。

今は名前と誕生日は言える。文字も書くことが出来る。

来年も同じように自分の名前と誕生日を言って、文字が書けることを祈りたいと思います。

子供の成長は早いと思いますが、認知症の速度も思ったよりも早いのです。

LO的 片付けのタイミング

「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」

ライフオーガナイザー Kuraです。

 

年度末は何かと忙しくなります。

「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、本当にお彼岸を境に一気に服装が変わるものです。

冬のコートを薄手に変えて、セーターをカットソーに変えていくので、洋服の厚みが減ると同時に、脱ぐことのできない自前の脂肪を目の当たりにするのもこのころです。

体もクリーニングしたくなるこの季節は、片付けにも頭を悩ませます。

でも、少しずつ変えていきませんか?

 

私は、2つの点でイラッをなくそうと思いました。

1点目、クリーニング代もかさむので、出来るだけ自分でケア出来るものを選ぶようになりました。

といっても、革やコーディロなどの本当にお手入れが大変なものは出来るだけ購入時に考える・・というようなものです。

もう一つは、片付ける場所の確認。

クローゼットや押し入れにどれを吊って、どれを収納するかを考えました。

冬物で一番困るのはコート、次にセーター。

現在は、コートはつるして保管。セーターはたたんで保管。

そのおかげもあって、だいぶん片付けに迷いがなくなりつつあります。

 

また、ボトムについては冬専用のものは少なくて、ほとんどがオールシーズン。

そうすると、セーターをカットソーやカーディガンに変えるだけで、自分的には衣替えすら終わった感じがしてしまいます。

自分の分はこれで衣替えを終えることが出来ます。

 

うちの場合、夫の方が衣装持ち。

そして「セーター」「ヒートテック」など、季節ごとに着るものを決めるタイプのため、こちらが主に衣替えの主となります。

そんな中、少しずつ計画していったのが、Tシャツ。

オールシーズン着用するため、衣替えの対象にはせず、一年中タンスに入れておきます。ボトムは本数がないので、冬場は冬物を手前に、夏場は夏物を手前に持ってくるだけでOK。

手前のものから手にする傾向がある夫にはこれで十分のようです。

靴については、私はブーツを引っ込めて、春~秋のパンプスやサンダルに変えるのが衣替えの一環です。

夫はビジネスは革靴、休日はスニーカーなので、下駄箱で事足ります。

 

軽くなったとしても、1年に2度は衣替えを行います。

そんな時に、数が多ければ多いだけ、面倒くさくなるものです。

私は押し入れに入れるボックス一つのみ。

靴はお気に入りのスカーフで包むだけ。

それなりに楽しめるので、苦痛ではありませんが、家族の分を一手に引き受けるとなると一日以上かかってしまうことになりかねません。

片付けのタイミングとしては、GW。

片付けたくて仕方がないものを選んで片付けましょう。

「これだけは片付けたい」と思うものを思う場所に片付けるために、他の片づけが必要・・・なんて本末転倒ではありますが、そうやって先延ばしにしてきたことも多いはず。

「こんどこそ」も何度も思ってきたことかもしれません。

そんな時、「ライフオーガナイザー」にご一報ください。

お金はかかるでしょうが、一度で済むなら、頼んだほうが後々楽になることもあります。

衣替えの季節、よかったら、声を掛けてください。

LO的 毎日が情報収集 その2

「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」

ライフオーガナイザー Kuraです。

引き続き、同居中の義母についての覚書みたいなものです。

精密検査を受けていただきました。

病院からは慌てて入院を勧めることもないので、楽観視しています。

とはいえ、義母のことを見ている余裕のなかったここ数か月。

少しは義母を見て、変化に気づけるようになりました。

義母は「出かける」というと、身だしなみを整える。

美容院にも行く。

お薬の飲み忘れは多いけれど、最終ラインのインシュリンだけは必ず忘れない。

出発時間を伝えれば、それに合わせて行動できる。

部分的な脳の障害はあるかもしれませんが、全体的な認知障害とは異なる気がするのです。

 

今年は実家の母親の入院、退院、実家の父親の入院と退院、やっとおちつく三月半ば。

そのはずだったのに、義母の兄弟(長男、独身)が脳溢血で倒れて入院となり、その世話や入院費用をめぐり、兄弟でいろいろと内紛している様子。

耳の遠くなった義母にとって、聞こえなくていいことではあると思う反面、兄弟のことだから心配だと思うと、それはそれでストレスになるだろうと考えてしまう。

半身まひで、時折危篤状態になることもあるらしいと、この間初めて義母が話した。といっても、義母は蚊帳の外らしい。

義母は自分で車を運転することも出来ないので、誰かに頼らなくては出かけることができない。

それを知っている兄弟は、義母への連絡を後回しにしているのかもしれない。それがいいことか悪いことかはわからないけれど、義母は受け入れているようにも見える。もちろん、こんな時にだけしゃしゃり出てくるヒトは必ずいるけれど、最終的に独身の長男の面倒を見るのは誰なのか?

近くに住む兄弟?兄弟が無理ならその家族?家族といっても、自分たちの暮らしがありリズムがあるわけで・・・

自分たちは昭和スタイルで暮らしてきたとしても、子供家族はすでに自分たちのスタイルを確立して生活しているのだから、そこを曲げろというのは衝突を生むだけ。

自分の面倒を見てほしいという親の気持ちは汲めても、親の兄弟まで近くに住んでいるのだからという理由で面倒を見るのはわけが違う。

いつかは出るだろうと予想はしていたけれど、自分たちが軸を持って意見を言えなければ、感情的になってしまうだろうと思う。

自分も年を重ねるということは、周りも年を重ねるということ。

自分たちだけで解決できることが少なくなっていくのも、体の衰えとともに感じます。

しがらみは少ないほうがいいけれど、周囲と関係性のある地域に住めば、それは決して切り離すことのできないことだと思います。

昔の風習というよりも、昔の人がまだ生きているのだから、その人の価値観や習慣を相手に押し付けるのは当たり前で、そうやって過ごしてきた人に、今更自分を変えようと諭す気はありません。

ただ、「あなたの当たり前を私は受け入れられません」と言い切るだけの軸を持つことが出来れば、少しは楽になれるような気がします。

言いたいことはいうけれど、相手の価値観を変えさせたいとは思わないし、つぶしてしまおうとも思っていないのです。

ただ、「そういう考え方があるんだなぁ」と思うにとどめる。

そうして、自分ができる範囲のことをするのが、相手にとって一番の誠意ではないかと考えます。

相手を恨みたくない。

相手のせいにしたくない。

自分が出来る範囲で出来るだけお手伝いする。

今の私のスタンスはこれに尽きるのです。

LO的 毎日が情報収集

「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」

ライフオーガナイザー Kuraです。

引き続き、同居中の義母についての覚書。

2月に帯状疱疹を発症し、顔は治ったものの、右側の頬のあたりが腫れているといっている。そのため、湿布を貼ろうとする。

祖母もそうだったが、腫れているときは湿布らしい。

でも、その感覚は腫れているからではないので、湿布をするとかぶれてしまうのではしまうのではないかと思い、冷えピタにしてもらった。

新生児用のもので、貼ることで治るという意識の問題かもしれないから。

夫はそういう対処を知っているわけではないし、男性はやはり現実的なのだと思う。

母親である義母に対しても、ビジネスのように順序立てて話をする。

でも、既に義母は順序立てて話をしても、すぐにわすれてしまう。

例えば、買い物に行ったときのこと。

ローテーションで買い物へ行くスーパーを決めている。

同じところでは刺激が少ないかと思ってのことだ。

それが仇になったのか、今日は義母の好きなパンコーナーがスーパーに入ってすぐにあった。

義母はパンを購入し、ぐるりと一周して、夫に尋ねる。

「パンコーナーはどこにある?」と。

パンを買ったはずなのに、もう一度行きたいのかとおもって、カゴに入っているパンを見せる。

「これは買ってあるけど、足りないものがある?」と声をかけると、一瞬戸惑った表情だった。

自分で選んだパンを忘れていたようだ。

その後、支払いを済ませたとき、夫が私に尋ねた。

「ふりかけ、さっき買ってただろ?」

「のりたまとさけのふりかけを買ってたよ」

「今、レジでふりかけを買ってたぞ」

帰り道、義母にふりかけをことを聞いてみると、「これを買った」と見せてくれた。

「のりたま」と「たらこ」だった。

「たらこがほしかったんですね」

そういうしかなかった。

「のりたまはみんなが食べるから、重複してもいい」

そう言ったけれど、正直、夫と私は「マズイ」としか思えなかった。

2月の帯状疱疹発症以降、急激に何か崩れている気がする。

義母はあまり自分のことだが、変化に戸惑っていないようだ。

ということは、今までと同じだと思っているということであり、今までのようにふるまうだろう。それを私たちが指摘しない限りは、自分が出来ていないと思わないとおもう。

日付や時間、少しずつ曖昧になってきている。

その不安がゆえに、カレンダーをすべての部屋にはって、時計をいくつもリビングに置いていたのに、このごろはそれすらも見ていない。

こうやって、私にも夫にも目に見えてわかる現実。

 

今週の精密検査で、少しでも不安が解消できればいいと思っている。

LO的 これはまずいと思うこと

「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」

ライフオーガナイザー Kuraです。

久しぶりに、同居中の義母について。

2月の半ば過ぎのことです。夫が「顔が腫れている」とメールをくれました。

原因はテレビの音量が大き過ぎることを不審に思い、声をかけたところ、顔が腫れているとのことでした。

義母の顔にヘルペスが出来ていたのです。

痛かっただろうに、誰にも言わずに病院に行った日の夜、夫が気づいたのです。

私たちは大人4人。三人が仕事をしているため、義母と顔を合わせることは多くありません。

朝早く出ていくこともあるし、夜遅くなることも多々あります。

そんな中で、義母は誰にも言わなかったのですが、ヘルペスの具合から言えば、1,2日のことではなさそうに思えました。

とはいえ、私は三日以上、義母と顔を合わせることがなく、夫も義妹も顔を見たけど覚えていないというのです。

腫れていた顔を見て、正直、入院も頭をよぎりました。耳が痛く、聞こえづらいから、テレビの音量がいつもの倍の音量だったのです。

口元とはいえ、耳も痛いということであれば、ヘルペスウイルスが耳にもあるかもしれません、耳は脳と繋がっているので、脳にも影響がないとは言えません。

皮膚科に行って、お薬をもらい、その日は終了。

四日後にもう一度来てほしいといわれているといわれたので、私が連れて行きました。

今度は違う薬をもらって、4日間分。

調剤薬局からの電話で、調剤薬局で待つ義母を迎えに行ったのです。

ここまでは、いつものこと・・・

ここからがちょっとまずいなぁ・・・です。

四日後、夫が義母に薬を飲んだか聞くと、「もらっていない」と言ったというのです。そんなはずはなく、私はもらった薬の名前も覚えていました。でも、義母には心当たりがないというのです。

そして、塗り薬は塗っていたものの、飲み薬を全く服用していなかった義母は、その薬を飲み切ったと嘘をついてしまいました。

きっと怒られると思ったのでしょう。

薬は夫が見つけていたため、すぐに嘘だと分かりましたが、さすがに堪えます。

嘘だと責めるのは簡単ですが、何度聞いても薬は知らないというのです。

糖尿病を持つ義母はアルツハイマー病ではなく、脳梗塞絡みで認知症になる可能性が高く、現に一度は脳梗塞で入院しています。

そのため、麻痺も残っていて、歩き方も随分と悪くなった気がします。

徘徊はありませんが、それも時間の問題かもしれません。

仕事を続けていきたい反面、義母を一人にしておくのはとても怖く、仕事のことも考える時期に来ているのかもしれないなぁとおもったりするのです。

義妹には実の母になりますが、私と実の母との関係とは少し違って見えます。

そのため、義妹に義母の介護を全面的にお願いすることはとても難しく、私と夫が義母の変化を見ることになります。

年齢を重ねれば、色々と不具合は出てくるものです。

だから、責めたりはしたくないので、出来るだけ困ったことを訴えてほしいとねがいます。

訴えられたことをどう解決するかは私と夫が決めるべきことであり、義母は困っていることを訴えることもしないので、そちらが心配要素でもあるのです。

個人的には、3月に入って、仕事も佳境をむかえています。その仕事は新しい仕事でやりがいはあります。

出来れば4月を乗り切って、暖かくなってから・・・

そう願うばかりです。