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まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO的 これが介護と言うけれど…

ユマニチュード(humanitude)とは、包括的メソッドのことを言います。
これだけ聞いてもなんのことか分かりませんが、介護の基本 フランスのメソッドだそうです。

流れとしては、
①見つめる
②話しかける
③触れる
④立つ

一つの動作にに対する介護担当者の動きのことです。

①注意すべきは、視線の高さを同じにすること。
正面に立って、視線を合わせる位置まで自分が降りていくことで、相手と「対等な関係」となります。
これが次のステップに繋がります。
あとは、相手の視野の狭さもカバー出来ます。

②話しかける際は、優しい音程で、前向きな言葉で話しかけることが大切です。
次のステップ「触れる」に移る前であれば、驚かれないように、触れる場所を伝えると次に繋がります。

③触れるというのは、相手とのコミュニケーションでもあります。
背中に手を当ててさすったり、移動時に手を添えることで、相手に安心してもらいます。

④体を動かしてもらうことです。寝たきりなら上半身を起こす、車椅子なら立つことを勧めます。
老化で、筋力が衰えている場合、筋力をつけてもらうためです。
また、視界の位置が変わり、五感の情報量が増えるので、脳の刺激にもなります。

この4サイクルで、回復、維持、寄り添うのがユマニチュード。
何故、興味を持ったかと言うと、介護のイメージがもっと違って見えると思ったからです。

体の不具合が老化の場合、無理はさせたくないけれど、少しでも健康でいて欲しい。
そのためのメソッドなら、私でも出来るかもしれないと思ったからです。



うちの場合、義理ママは10年前に脳梗塞で入院しましたが、その後退院後は、家にいてもらっています。
左半身に麻痺が残っているので、年々衰えてきているのは分かります。
でも、家事をお願いしています。
私が働きに出たいというわがままでもありますが、義理ママも体を動かしたいと常々言っているので、悪い事ではないと思っています。
ただ、家事をしてもらうにあたって、私の方のルールを少し。

「家事」という運動をできる範囲でしてもらう。
出来る範囲なので、出来なくてもOK。

義理ママの体の動く範囲で、義理ママのペースで、お願いをしています。
出来てないと思っても、仕方がないので今後の目安にするだけです。

働いている以上、同居でも気づかない点はあります。
そういうところも確認する意味で、日々は分からなくても、月単位、年単位で分かってきます。
去年はここまで出来てたけど、今年は無理かなぁとか。
季節ごとに、なんらかの差異が見えてきます。
ただし、体調不良だとか、病気ではないので、私や旦那さんが分かっていればいいのです。


病院でリハビリを受けた後に、自宅に戻られた時、自分が一番に日常生活の動きの変化を感じます。
身に染みるというわけです。
だから、今できる範囲を通常動作だと考えて、いただきたいし、出来なくなったことに対して、誰も責めないで欲しい。

誰だって、年齢と共に体は劣化します。
自分自身が一番に驚くし、悲しいのです。

義理ママもそうだったと思います。
だから、私は責めたくはない。

自分が思った内容と違うのであれば、私がすればいい。
ただ、全部を最初からやり直すのではなく、義理ママのしてくれたことに対して、自分なりのアレンジを加えるという方向で考えます。
明日でもいいのなら、もう一度、お願いすればいいのです。

ユマニチュードは、老化に向かう人間が、老化した人間に対して、労いを忘れないということなのだと思うわけです。

義理ママに対しても、ご近所の方に対しても、出来るだけ同じスタンスでいようと思っています。
だからこそ、ユマニチュードというメソッドは私にとって、必要なメソッドです。