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まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO的 ルーチンワークは大切に

私が「まるくくらす」と決めた理由は単純だったのかもしれません。
本当に難しく考え過ぎてしまって辛かった…そのタイミングで出会ったライフオーガナイザーという考え方。
これが、私に「まるくくらす」コトを教えてくれました。

ライフオーガナイザーの考え方として「仕組化」というのがあります。
ライフオーガナイザーを知ってからは、つくづく縁のあるモノだなぁと思うようになりました。

というのも、私自身がライフオーガナイザー以外でしている仕事とも、切っても切れない間柄で、いつも考えているくらいに身近で、苦しいくらいの関係を持っている言葉だからです。
正直、まさか「ライフオーガナイザー」で「仕組化」と対峙することになるとは思っていませんでした。
仕事以外で「仕組化」という言葉をあまり聞きたくないと思っていました。
色々なお仕事をしてきましたが、どんな仕事先でも既に仕組みはあるけれど、それが一番いい仕組みかどうかの検討をするようなトコロはありませんでした。
それを口にするとその人が仕組化を考えることになるのですが、他人も巻き込む訳ですから、簡単には決まらないし、阻止しようとする人もいるわけです。
なので、口頭で教えを伝授されます。
もちろん、マニュアルなるものはありますが、そこはメモ書きが並んでいるていどだったり、追加メモが必要なマニュアルと言えないようなものが存在しているわけです。
というのも、そのマニュアルらしきものは、他人に何かを伝えるためのものとして存在していなからです。
自分が分かるように記載したものがあるというだけのこと。
だから、それを見せられて、これでお願いしますと言われても、こちらは自分の中の情報とつき合わせながら、そのメモをマニュアルとしてみるという、労力を必要とします。
正直に言えば、必要のない労力だと思うのです。
もちろん、仕事ですから色々な方が一緒に仕事をするわけなので、私にピッタリのマニュアルが存在するわけでは無いので、仕方ないわけですが…
逆に考えれば、多人数で一緒な活動をする場合というのは、細かなルール決めをしてしまうと、とてもツライということにもなるわけです。
だから、「これくらいかなぁ…」というラインが必要になりますが、それ以上はその人に任せるというのもいいのではないかと。
そんな風におもうようになりました。
決してしてはいけないことだけが必要なのかなぁと。

もちろん、暮らしもすべてサイクルや仕組で構成されています。
そして、決まり切ったお約束ゴトに縛られた仕事の仕組化よりも格段に楽しい。
そして、仕事で仕組み化してきたからこそ分かることもあったわけです。

ただし、暮らしはもう少し少ないメンバー構成となるので、そこは誰かのルールが適用されることも多いかと思います。
「ルール」あってこその、仕組化だということです。
この「ルール」が難しい。
話し合う相手の立場や状況も理解したり、考慮したり。
全然知らない相手でもないので、ビジネスとは違い、少しは楽な部分もあったりする。
とはいえ、少しだけは分かり合いたい相手との異なる部分を認めるのは難しい時もありますが…


これが、自分自身になると、全く変わってしまいます。
簡単かと思うでしょうが、コレが難解で厄介なモノなのです。
でも、其処から生まれる「仕組化」はとても愛しい存在になるわけです。
大切にしようと思うわけです。

「仕組化」するということは、楽になるということだけではありません。
その仕組みを使うことで、自分が向上することにも繋がるのです。
そんな仕組化はイイなぁと思うようになりました。

例えば「家計簿」。
今までは毛嫌いしてきた物。
でも、今は自分ルールで、家計簿らしきものを付けるようになりました。
誰に見せるわけでもないけれど、中期、長期の目標への投資も考えられるようになりました。

まぁ、お金が貯まるわけではないのですが。

部屋の整理は自分が落ち着けるために学ぼうと思ったことですが、あまりにも整理し過ぎると、大事なものまで片付けてしまいそうな気がしてしまいます。
なので、改善の余地を残す程度で、程々に満足する。

これが私の「ライフオーガナイズ」=まるくくらす です。

仕組化を極めても決して満足することはないので、その時に満足できるライン、後々に楽しめるよう程々に仕組化を考えることが、私なりに生活を楽しむコトに繋がるのだと思っています。