まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO(ライフオーガナイザー)的  怒りという感情について

「怒る」という行為は、正直好きではありません。
でも、怒ることがないというわけでもない。
ただ、怒った後に後味が悪いというか、スッキリしないわけです。

何で怒った?
何に怒った?

私の場合、突き詰めると自分に対してのことも多く、他人に対して怒るのは理不尽だと思うと、「怒り」が正直分からなくなったわけです。

それに、怒ってもスッキリしないわけだから、無駄に怒る必要がないんじゃないかなって思ったわけです。

だから、私は怒らないので、「優しいね」とか「いつも何も云わないね」なんて思われていました。

 

ただ、言っても聞いてもらえないことも多くあるわけです。
ソコに「怒り」をぶつけても、何の意味もないし、それでは好転しないことも分かっているので、ソコは小さく自分で息を吸います。
そして、「分かりました」という事にしています。
分かってはいるわけですから。
ただ「納得」していないだけで・・・

「納得」しなければ動けないなんて言う事は言いたくなくて。
もちろん、納得しなければ動けないこともいっぱいあります。
それは自分自身の問題であれば、それで構わない。
でも、相手のいる場合の相手に対して、納得出来ないと怒ってしまう。
それでは、正直生きていくうえで、非常に差支えが出ます。

なので、そんな時は「そういう考え方もある」と思うようにすることが一番ラクなのです。
そうすれば「怒る」という感情が薄れます。
確かに、理不尽なこともあるかと思いますが、ソコに乗ってしまっては自分も相手の「怒り」の対象となってしまい、堂々巡りになります。
自分から終止符を打つことは、自分の現在の怒りを鎮火させ、相手の未来の怒りを予防することになります。

では、自分の現在の怒りを鎮めるためにどうすればいいか・・・
手っとり早いのは、その場から一旦退場すること。
退場出来なければ、目をつぶって、「怒り」の矛先を視界から遮断することです。
視覚から入ってくる情報が一番早く思考回路に到達します。
ということは、一番早く入ってくる情報を一旦後回しにするためには、その視界情報を遮断することが大切です。

それで、相手の怒りを生むことになるかもしれない?
でも、その時には、自分はもう「怒る」感情をセーブ出来ているはずです。
そうすれば、自分の「怒り」は相手よりも下がっているので、冷静になれます。

意見を言うにしても、相手よりも冷静になることが大切です。
相手を理解しようとすることも必要ですが、相手は相手であり、自分ではないのですから、自分がいかにして、相手の思うつぼにならないか策を講じる方がお互いのためにいい。 

 
ただ、「怒る」という感情をいかに相手に気持ち良く伝えるか。
気持ちよく「怒り」を伝えるなんて言うのは、難しいことだと思われるかもしれません。
「怒る」という感情に身を任せないためにも、イメージトレーニングは大事です。

自分が「怒っている」という気持ちをきちんと相手に伝えること。
相手が受け取ろうと、受け取るまいとそれは相手の勝手です。
ただ、相手が受け取らないから「怒る」ことをしない。
それは、相手に伝えていない事になる。
伝えてないから、伝わらないと怒る。
堂々巡りになる前に、「怒ってますよ」という合図を相手に対して、自分がイメージトレーニングどおりに出せれば、自分の気持ちも落ち着くはずです。

だから、「怒る」ことはあっていい。
怒っているということを、相手に気付いてもらうのではなくて、自分から意思表示出来るようにすること。
ただし、相手に不快感を与えないように・・・
それが出来たら、「怒り」のプロですよねぇ・・・