LO的 うちのライン
「余裕の連鎖で心も身体もすっきり」
ライフオーガナイザー Kuraです。
高齢者になると「認知症」と「介護」は向き合う人も多くなります。
この場合、同居とそうでない場合では、悩みが異なります。
同居の場合、近すぎる距離のため、相手が不安になり頼ってくることも多くなり、それに対し面倒くさいと思うことも多くなってしまい、受け答えがぞんざいになるかもしれません。
同居でない場合は、施設への入所や一人暮らしの状況が分からなくて、罪悪感が出るかもしれません。
特に、同居の場合、うまくいってない場合は、急に優しくはなれないでしょうし、うまくいっている場合に施設に入ってもらうことで罪悪感で心苦しくなるかもしれません。
夫は長男なので、夫の両親の面倒は夫が見るのが当たり前という中で、私と夫は面倒を見るのであれば、こちらから周囲にいろいろと周知しました。
何も厳しいことを言うのではなく、ラインを話しておくということです。
共働きの私たちは、介護で仕事をやめるという意識での働き方は考えていません。
そこで話し合いました。
「寝たきりになったら施設に入れる」
ただし、寝たきりにならず、自分で動ける限りは同居し、面倒を見るというものです。
やみくもに「施設に入れる」というわけではなく、義理ママの「家にいたい」という意思は汲むつもりですが、汲める限度と決めるということです。
私は、義理ママが食べたいものを自分で選んで、食べる。
自分でお風呂に入れる、トイレに行ける。
ゆっくりでいい、自分のペースでいいから、自分の意志で動けるうちは家にいてほしいと思っています。
別に、掃除や洗濯が出来なくてもいい。
義理ママが自分で動く満足感を得られているうちはそれでいいと思うのです。
確かに、結婚したての同居時にできていたことが、今は少しずつ出来ていない。
それでも、それは想定内のことです。
ただ、「おかしい」と判断したときは、夫に相談します。
例えば、期限切れの食品を「また食べられる」と言ってくる。
これは警告音がなります。
「まだ食べられる」の判断を、ラベルではなく、においで判断する。
さすがに夫もまずいと思うことが何度かあったため、その後からは義理ママの買ったものでも、賞味期限を確認して廃棄することもあります。
もちろん、義理ママにきちんと賞味期限などを伝えてから、廃棄しています。
義理ママが食べて、下痢になれば、脱水症状になったりするので、危険です。
夫に「まだ食べられる」といって勧めてきても、夫が体調を崩すことになります。
夫を病気にさせるわけにはいきません。
決して、息子に危険なものを食べさせたいわけではないだろうし、息子を大切にしていないわけではありません。
自分は食べれないけれど、息子に食べさせたいという気持ちは汲みたいと思いますが、そこは譲れません。
私は「夫」を大切に思っているかどうかを見極めているのかもしれません。