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まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO(ライフオーガナイザー)的 その時が来るまでに セミナー振り返り その2

何度も振り返りながら、立ち止まりながら何とか書きあげた過去の記憶。

本当に思いだしたくない記憶がいっぱいあるので、ソコは省略です。
葬儀会場でそんなことを読んで欲しくもないし、知ってもらう必要もないので。

ある意味、葬儀場での故人の人生紹介の一部として使われるかもしれないと思っておいた方がいいかもしれないと感じました。

 だからこそ、自分が絶対に持っていきたいことは絶対に書かないと決めました。
思いださなければ良かったと思う事もありますが、知っていて話さないのが一番だと思うのです。
ただ、怖いのは認知症
進行すれば、昔の話を繰り返すし、昔の歌を歌うようになります。
ココで、自分の黒歴史がはじけないようにしたい・・・のが今の願い。

その時が来るまでに、綺麗さっぱり忘れる方がいいと思うのですが、心のどこかに絶対に残っているモノがある。
それが、認知症というシステムで蓋を開けられてしまうかもしれないと思うとそっちが怖い。

セミナーで振り返りましたが、答えがあるセミナーではないので、自分が自分のために何かをするという事を考えるのがこのセミナーだったと思います。

もちろん、他の人にも書いた方がいいというのは簡単ですが、私の場合、その言葉に重さにきっと言えないかもしれない。
書かなければ書かないで、故人となったときに残された人達が故人を思って式を作っていくのです。
これもまた、故人をしのぶ方法の一つなのだから。
そう思うと、ムリに自分の思いを通す必要もないのかもしれないなぁと思いました。
そして、どうしても譲れないラインだけを決めて、ソコだけを守ってもらいたいとお願いすることが、偲んでくれる相手に対しての礼儀にも通じるのかもしれないと思いました。

こんな風に「死」について、じっくり考えたことはなかったので、いい機会だと思いましたが、結構ヘビーな内容でもあったので、正直、1度目のと2度目のセミナーの間隔が2週間となっているのがありがたかったです。

短ければ短いで、重すぎるテーマを投げ出していただろうし、長ければ長いで、重すぎるテーマを考え込みすぎてそれこそもっと深く考え込むことで、全く書くことが出来なかったかもしれない。
そう考えると、適度に切り分けられる時間がある方がいいのかもしれない。

エンディングを迎えることを、ずっと考えなくてもいいし、せつな的に考えなくてもいい。
ただ、一定期間の間に、現時点の自分の足元を見つめるのはいい事なので、ソコを重点的にエンディングについて考えると、自分の思いも軽くなるし、伝えたい相手にも重く受け止められなくて済むと思います。

して欲しい事はして欲しいと頼むのは自由です。
お願いされたことが出来なくても、それも自由なのです。

残された人に重荷になる様な記録だけは残さないようにしよう!!

そう思いました。