まるくくらす

日々の暮らしを少しでも気分良く過ごすために考えていることとか・・・

LO的 今年のスケジュール

ライフオーガナイザーのKuraです。

 

今年も6月に入り、前半戦の締めくくりとなっています。

 

今年の目標も、仕事を持っていることもあり、つつましいものでしたが、これがひょんなことから実現に向かっています。

 

①独自セミナーをする

②ボイスマルシェの相談が来る

③CLO関連の作業に携わる

 

そんな中、色々とスケジュールが埋まってまいりました。

 

まずは、セミナーが1つ。

これはNPOからの依頼です。

2時間の長丁場。一人で二時間持つだろうか・・・

 

そして、CLOの勉強会ファシリテーター

こちらも初めて。

果たして、人が集まり、その人たちを見ることが出来るのか?

 

ボイスマルシェでは、ご相談の依頼がありました。

 

終わってはいないものの、今年中の目標は達成できそうな予感。

とはいえ、ファシリテーターは未経験だし、セミナーも資料の作成は今から。

なので、スタートラインに立っただけなのかもしれません。

 

LOの仕事はもちろん、細々と続けていければいいなぁと思っています。

そのためにはいろんな経験も必要になるなぁとも。

とはいえ、今年は平日は仕事にかかりきりになってしまうだろうし、土日に余力があるか微妙なところ。

でも、少しでもやりたいなぁと思うのです。

「出来ない」「自信がない」そう思う方が簡単で、何もしなくても時間は過ぎるし、人生も過ぎていく。

私はどうせならもう少し刺激的に生きたいと思うのかもしれません。

 

この「刺激的に生きたい」は衝動的でもあり、多動的でもあり、こういう考え方はADHDよりになるのではないかと思うときもあります。

ちまたでは「グレーゾーン」と呼ばれる範囲に入ってしまうかもしれません。

衝動的にやってしまったことで、今まで痛い目にあったこともあります。それが次のステップを躊躇させる原因になったこともあります。

そして、フラッシュバックで唐突に思い出してしまうこともあり、日常的にそれが起こるのにも慣れました。

それが私の中での「当たり前」なことなのだと思うようになったからです。

他の人とは違う、私だけの「当たり前」。

それは「特別=スペシャル」ではなく、「私だけ=オンリーワン」だということであり、それが他の人には伝わらないし、悪意ある取り方をされてしまうことも多い。

子供のころはそれが分からなかったし、だれも教えてはくれませんでした。

でも、中学ではその行動が周りの人から距離を置かれる原因になり、高校では「私が思うこと」が多少変わっていたとしても誰もそれを「変だよ」とは言わなかった。

そして、専門学生となり、そこでは「私らしさ」がいいと言われるようになった。

世界は広がったけれど、今でも私自身の考え方や思うことが他の人にどんな印象を与えるのか、不安になることが多い。

 

「一般的」がとても難しかった。

「普通」という言葉がとても難しかった。

 

秘書マナーを学んだことで、考え方を変えることが出来たし、資格を持つことで「私」はスキルで生きていくことが出来るようになった。

 

協調性がないとか、資料を作ると毎回同じ個所を間違えるとか、毎回計算ミスをするとか、私は仕事では絶対に優秀な人材ではないと思う。

でも、その分をマルチな考え方や、柔軟なスタイルでカバーしている。

手に職を・・・と両親に言われて取った資格も、なんやかんやと役に立っている。そう思うと、私はグレーゾーンでも生活できている。

だからこそ、グレーゾーンで生活に困る人、明らかに困っている人のことを少しでも同じ位置から助けたいと思う。

 

出来ないから困っているし、出来ないことを感じていないから、周りから浮いてしまうこともある。

そんなギャップを埋める仕事がしたいと思っているのです。

 

発達障害学習障害を学ぶたびに、自分も同じような経験をしていたからこそ、もっと早く知りたかったし、知っている今、それを誰かに伝えたいと思う。

 

そんな気持ちで今年は動こうと思っていたので、自分が動くことによって何かが生まれるなんておこがましいと思ってしまう。

でも、私という存在がいることを思い出して・・・と伝えたいから動く。

 

少しでもお役に立ちたいと思う気持ちだけは今年も持ち続けている。